東京高等裁判所 平成11年(行ケ)127号 判決 2000年3月21日
原告
株式会社ヨコオ
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
同
【C】
被告
日本アンテナ株式会社
代表者代表取締役
【D】
訴訟代理人弁理士
【E】
同
【F】
同
【G】
同
【H】
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1原告が求める裁判
「特許庁が平成10年審判第35172号事件について平成11年3月8日にした審決を取り消す。」との判決
第2原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「アンテナ装置」とする登録第2147710号実用新案(昭和62年1月14日登録出願、平成9年1月30日設定登録。この実用新案に係る考案を以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。
被告は、平成10年4月22日に本件考案の実用新案登録を無効にすることについて審判を請求し、特許庁は、これを平成10年審判第35172号事件として審理した。この間、原告は、平成4年11月18日付け手続補正書及び平成7年9月29日付け手続補正書によって当初明細書を補正した(以下、平成7年9月29日付け手続補正書による補正を「最終補正」といい、同補正書添付の明細書を「最終補正明細書」という。)。
特許庁は、平成11年3月8日に「登録第2147710号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし、同年4月12日にその謄本を原告に送達した。
2 本件考案の実用新案登録請求の範囲(別紙図面参照)
(1) 願書添付明細書(以下「当初明細書」という。)記載の実用新案登録請求の範囲(以下「出願当初のクレーム」という。)
互いに異なる長さの複数のアンテナエレメント及び前記各アンテナエレメント間を絶縁する絶縁体とから成り、一軸上に形成されたアンテナ部と、前記アンテナ部を前記一軸上に摺動可能に収納する収納部と、前記収納部に設けられた前記アンテナエレメントと電気的接触を得るための給電部とを備えたことを特徴とするアンテナ装置。
(2) 最終補正明細書記載の実用新案登録請求の範囲(以下「最終補正後のクレーム」という。)
互いに異なる長さの複数のアンテナエレメントを絶縁体を介して電気的に絶縁して一軸上に配設したアンテナ部と、このアンテナ部を前記一軸上で摺動自在に支持するとともにこれを収納し得る収納部と、この収納部の先端部に設けられて前記アンテナエレメントに摺接する給電部と、を備え、前記アンテナ部の摺動位置により前記給電部が前記複数のアンテナエレメントのいずれか1つの下端部に摺接して電気的接続するようになすとともに、収納状態で先端部の上部アンテナエレメントが前記収納部から突出しているように構成したことを特徴とするアンテナ装置。
3 審決の理由
別紙審決書の理由(一部)写しのとおり
4 審決取消事由
審決は、最終補正は明細書の要旨を変更するものであるから本件考案の登録出願日は平成4年11月18日以降に繰り下がる、と誤って判断した結果、本件考案の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである(なお、本件考案の登録出願日が平成4年11月18日以降に繰り下がる場合、本件考案が進歩性を有しない旨の審決の判断は争わない。)。
(1) 要点1の判断の誤り
審決は、本件考案の要件である「互いに異なる長さの複数のアンテナエレメント」が、当初明細書においては「互いに異なる寸法のアンテナエレメントが、それぞれ異なる周波数帯に用いられること」を意味していたのに対して、最終補正明細書においては「互いに寸法は異なるが、同一の周波数帯に用いられるアンテナエレメント」を含む意味となったから、前者の技術的事項は実質的に変更された旨判断している。審決のこの判断は、最終補正明細書の3頁29行ないし4頁3行,4頁17行ないし22行の記載(審決11頁19行ないし12頁12行参照)を論拠とするものである。
しかしながら、本件考案の実用新案登録請求の範囲に記載されている「互いに異なる長さの複数のアンテナエレメント」にいう「長さ」が物理的長さ、すなわち「寸法」(審決11頁6行参照)であることは一義的に明確である(複数のアンテナエレメントと周波数帯の対応関係は本件考案の要件ではない)から、「長さ」の技術的意義を確定するために考案の詳細な説明を参酌する必要はない。確かに、当初明細書には「互いに異なる寸法のアンテナエレメントが、それぞれ異なる周波数帯に用いられること」が記載されている(甲第5号証5頁8行ないし11行,6頁5行ないし8行)が、これは一実施例の説明にすぎないから、この記載があるからといって、出願当初のクレームが「互いに寸法は異なるが、同一の周波数帯に用いられるアンテナエレメント」の構成を排除していると解すべきことにはならない。最終補正明細書の上記3頁29行ないし4頁3行,4頁17行ないし21行の記載は、もともと出願当初のクレームに含まれている構成を確認したものにすぎないというべきである。
この点について、被告は、複数の直線状のアンテナエレメントを同一の周波数帯に用いるためには複数のアンテナエレメントの物理的長さを同一にしなければならないのに、当初明細書及び図面によれば本件考案の上部アンテナ1と下部アンテナ3はいずれも直線状の導体から成るエレメントであるから、本件考案の要件である「互いに異なる長さの複数のアンテナエレメント」にいう「長さ」が物理的長さであるとすると、本件考案は複数のアンテナエレメントが同一の周波数帯に用いられる構成を排除していることになる旨主張する。
しかしながら、本件考案の要件であるアンテナエレメントを「直線状のアンテナエレメント」に限定する理由はないから、被告の上記主張は失当である。
(2) 要点3の判断の誤り
審決は、最終補正後のクレームにおける「収納状態で先端部の上部アンテナエレメントが前記収納部から突出している」構成につき、このように、アンテナ部が収納状態にあるのに上部アンテナエレメントが使用可能であることは、当初明細書に記載されておらず、当初明細書の記載から自明の事項でもない旨判断している。審決のこの判断は、当初明細書が「アンテナ部が収納された状態」と「アンテナ部を縮めた状態」とを区別して記載しており、前者はアンテナ部の不使用状態を、後者は上部アンテナエレメントの使用状態を意味することを論拠とするものである。
しかしながら、アンテナを使用しないときは、アンテナエレメントを縮めて収納するのであるから、「アンテナ部が収納された状態」と「アンテナ部を縮めた状態」とは同一の状態であって、これが別個の状態であるとする審決の上記判断は常識に反するものである。現に、願書添付図面の第2図は、当初明細書の「図面の簡単な説明」に記載されているように「アンテナ部を縮めて先端部の上部アンテナエレメントを給電したときの図」であるが、同図において下部アンテナエレメント3の全部及び上部アンテナエレメント1の一部が収納部7に「収納」されていることも事実であるから、「アンテナ部が収納された状態」においても上部アンテナエレメントは使用状態にあるのである(なお、上部アンテナを使用したくないときは通信機本体の電源をOFFにすればよいのであるから、上部アンテナエレメントの全部を収納部に収納することに格別の技術的意義はない。)。
(3) 以上のとおりであるから、最終補正は本件考案の技術内容を実質的に変更するものであるとした審決の判断は誤りである。
第3被告の主張
原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 要点1の判断について
原告は、本件考案の要件である「互いに異なる長さの複数のアンテナエレメント」にいう「長さ」が物理的長さ、すなわち「寸法」であることは明確であるから、「長さ」の技術的意義を確定するために考案の詳細な説明を参酌する必要はない主張する。
しかしながら、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載のみでは、「互いに異なる長さの複数のアンテナエレメント」にいう「長さ」が物理的な長さか電気的な長さかを一義的に決定することができないから、明細書の考案の詳細な説明を参酌すべきことは当然である。そして、当初明細書の考案の詳細な説明には、「互いに異なる寸法のアンテナエレメントが、それぞれ異なる周波数帯に用いられる」実施例のみが記載されているから、当初明細書においては「互いに異なる長さの複数のアンテナエレメント」が「互いに異なる寸法のアンテナエレメントが、それぞれ異なる周波数帯に用いられること」を意味していたとする審決の認定に誤りはない。
この点について、原告は、当初明細書には「互いに異なる寸法のアンテナエレメントが、それぞれ異なる周波数帯に用いられること」が記載されてはいるが、これは一実施例の説明にすぎないから、この記載があるからといって、出願当初のクレームが「互いに寸法は異なるが、同一の周波数帯に用いられるアンテナエレメント」の構成を排除していることにはならない旨主張する。
しかしながら、当初明細書には「互いに寸法は異なるが、同一の周波数帯に用いられるアンテナエレメント」の構成は示唆すらされていないし、そのような構成が本件考案の実用新案登録請求前に周知であった事実もない。
ちなみに、当初明細書及び図面によれば、本件考案の上部アンテナ1と下部アンテナ3は、いずれも直線状の導体から成るエレメントである。ところが、直線状のアンテナエレメントの共振周波数はエレメントの寸法に対応する共振周波数となるから、複数の直線状のアンテナエレメントを同一の周波数帯に用いるためには、複数のアンテナエレメントの物理的長さを同一にしなければならない。したがって、本件考案の要件である「互いに異なる長さの複数のアンテナエレメント」にいう「長さ」が物理的長さであるとすると、本件考案は複数のアンテナエレメントが同一の周波数帯に用いられる構成を排除しているといわざるを得ない(もっとも、複数の直線状のアンテナエレメントの長さを整数倍の関係にすれば同一の共振周波数とすることができるが、アンテナエレメントを長くすると指向性が乱れ、利得が低下することもあるから、複数のアンテナエレメントの長さを整数倍の関係にする技術的な合理性はない。)。
2 要点3の判断について
原告は、アンテナを使用しないときはアンテナエレメントを縮めて収納するのであるから、「アンテナ部が収納された状態」と「アンテナ部を縮めた状態」とは同一の状態であって、願書添付図面の第2図の「アンテナ部が収納された状態」においても上部アンテナエレメントは使用状態にある旨主張する。
しかしながら、当初明細書の3頁12行,4頁19行ないし5頁3行(審決14頁9行ないし16行参照)には、「アンテナ部が収納された状態」がアンテナの不使用状態であり、「アンテナ部を縮めた状態」が上部アンテナエレメントの使用状態であることが明確に記載されているから、原告の主張は失当である。
3 以上のとおりであるから、最終補正は本件考案の技術内容を実質的に変更するものであるとした審決の判断に誤りはない。
理由
第1原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件考案の実用新案登録請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2甲第5号証(当初明細書)によれば、本件考案の概要は次のとおりと認められる(別紙図面参照)。
1 技術的課題(目的)
本件考案は、車載用のアンテナ装置、特に複数の周波数帯を送受信するためのアンテナ装置に関するものである(1頁14行ないし16行)。
単一のアンテナ装置で複数の周波数帯を送受信するために、従来装置はLC回路によるトラップによってアンテナエレメントの共振周波数を電気的に変更しているが(2頁1行ないし6行)、このような構成は小型化が求められる車載用のアンテナ装置には不適当である(2頁11行ないし15行)。
本件考案は、上記のような従来技術の問題点を解決するために創案されたものである。
2 構成
上記の目的を達成するために、本件考案は、その実用新案登録請求の範囲記載の構成を採用したものである(1頁5行ないし11行)。
3 作用効果
本件考案によれば、単一のアンテナ装置によって複数の周波数帯の送受信を行うことができ、アンテナ装置の小型・軽量化を図ることが可能となる(6頁1行ないし4行)。
第3以上を前提として、まず要点3の判断に関する原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
審決が、当初明細書は「アンテナ部が収納された状態」と「アンテナ部を縮めた状態」とを区別して記載しており、前者はアンテナ部の不使用状態を、後者は上部アンテナエレメントの使用状態を意味する旨説示しているのに対して、原告は、「アンテナ部が収納された状態」と「アンテナ部を縮めた状態」とは同一の状態であり、願書添付図面の第2図の「アンテナ部が収納された状態」においても上部アンテナエレメントは使用状態にある旨主張する。
甲第5号証によれば、当初明細書には、次のような記載があることが認められる。
a 「アンテナ部は不使用時には収納部に収納する。」(3頁12行)
b 「かかる第1図の状態はアンテナ部4が伸びた状態であり、アンテナエレメント3の下端部がアンテナ支持部5によって支持され、給電チューブ6に電気的に接触している。また上部のアンテナエレメント1は絶縁体2によりアンテナエレメント3とは絶縁されている。従ってアンテナエレメント3が実際のアンテナエレメントとして機能し、このエレメント3の長さで設定された周波数に共振することによりフィーダ8を通して送受信機により送受信を行なう。」(4頁9行ないし18行)
c 「第2図はアンテナ部を縮めた状態を示し、上部のアンテナエレメント1の下端部がアンテナ支持部5によって支持されると共に、給電チューブ6と接触している。従ってアンテナエレメント1による設定周波数に共振して送受信を行う。」(4頁19行ないし5頁3行)
これらの記載によれば、当初明細書が、「アンテナ部が収納された状態」(ただし、この状態を示す図面は存在しない。)はアンテナ不使用の状態であり、「アンテナ部を縮めた状態」(別紙図面の第2図)は上部アンテナエレメント使用の状態であることを開示していることに疑問の余地はない。そして、前掲甲第5号証によれば、当初明細書には「アンテナ部が収納された状態」が上部アンテナエレメント使用の状態であることを開示ないし示唆する記載は存在しないことが認められるから、原告の上記主張は失当である。
この点について、原告は、「アンテナ部を縮めた状態」を示す別紙図面の第2図において、下部アンテナエレメント3の全部及び上部アンテナエレメント1の一部が収納部7に「収納」されていることも事実である旨主張する。
しかしながら、アンテナ不使用時にアンテナエレメントの一部を収納部から突出したままにしておくと、アンテナエレメントの破損などの不都合を生じ得ることは技術的に明らかである。したがって、当初明細書の上記aの記載は、下部アンテナエレメントのみならず上部アンテナエレメントも全部収納部に収納するという意味に解するのが相当であるから、原告の上記主張は採用することができない。
原告は、アンテナを使用しないときは、アンテナエレメントを縮めて収納するのであるから、「アンテナ部が収納された状態」と「アンテナ部を縮めた状態」とは同一の状態であって、これが別個の状態であるとすることは常識に反する旨主張する。
しかしながら、原告の主張は、アンテナ部の縮め方の程度にも種々あり得ることを忘れ、収納するときには必ず縮めるからといって、縮めるときには必ずしも収納するとは限らないことを忘れるという極めて初歩的な誤りを犯すものであり、採るを得ない。
以上のとおり、要点3に関する審決の判断は正当であるから、要点1の判断に関する原告主張の審決取消事由の当否を検討するまでもなく、最終補正は明細書の要旨を変更するものであるとした審決の結論に誤りはない。
第4よって、審決の取消しを求める原告の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
<以下省略>